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プロポーズという儀式

愛するふたりの最初の儀式
ところで、プロポーズするということが、愛の告白、つまり最も奥ぶかいたましいの披漉だ
とするならば、まじめな書プロポーズはとうぜん厳粛なあたたかさのなかで、はじめて行わるべきものです。
愛を告白する男は、その告白に彼の運命をかけているはずですよね。
そしてもしあなたが彼の、プロポーズに「私も?」と答えるとしたら、あなたもまた、あなたの新しい運命をこの短いふたつの言葉の中にたくするわけです。
ふたりの運命が十字路に立っていること、これがプロポーズとその結果だとすれば、プロポーズの前に重苦しい沈黙のひとときがあるべきはあたりまえの話です。
儀式の前には黙祷が必要です。かつて、あなたがたが学校の卒業式に列席したとき、何か厳粛な胸のひきしまる新しい喜びと悲哀を感じなかったでしょうか。
プロポーズとは、愛する二人の異性のあいだで行なわれる最初の儀式なのです。それは運命をかける厳粛な瞬間であるはずです。どんなに結婚について正しい考えをもっていても、結婚することのできない相手がいます。
もちろん、法律によって禁じられている相手であり、家族法によると、つぎにあげる条件が、結婚の不適格者ということになります。
ですからあなたがたが男性の愛の告白を受諾する心がまえをもってきくにせよ、
あるいはまた反対に拒絶しなければならぬという覚悟をもってきくにせよ、
あなたがたはとにかく、まじめに、厳粛に、いま私たちの運命がひとつの十字路に立っているのだという感情をもって、これをきくのが本当です。


参考:結婚相談所 比較
027

求愛とプロポーズ

プロポーズは求愛ではない
lそんなことはいまさらいわれなくたってわかりきっている、あなたがたはこういうかもしれません。
たしかにこれはわかりきったことです。にもかかわらず、こと新しげに私が上のように説明した理由はほかでもありません。
プロポーズとは、自分の心をひらき示すことであるよりも、何よりもまず、相手の愛を求めることだと、考えている人が今日少なくはないように考えられたからなのです。
・プロポーズとは愛の告白であって、求愛ではありません。もちろん、愛の告白は、同時に求愛として現実には現れましょう。
しかし、考えて見て下さい。自分の内なる愛を告白することと、
相手の愛を求めることとはふたつのちがったことがらです。たとえば、世の中には、あまり自分の心を告白しないで、
相手の愛だけを求めるような男性がいます。こういう男性は誘惑者と呼ばれるにふさわしい人食です。
愛の告白をともなわぬ求愛にそそのかされて、不幸な運命に押し流される若い女性は今日けっして少なくはありますまい。

■□■□■□コラム■□■□■□
「父と母が結婚したのも三十代になってからで、母が私を産んだのが三十七歳のときなんです。それもあって、まだ大丈夫って思っちゃうとこもありますね。
ただ、父も母ももう六十代半ばになりますから、年とったなってしみじみ感じることが多いんです。田舎の叔母なんかも、母が気弱になったら子供がなんとかしなきやって言う。
そう考えると、夫婦って何なのかなって思います。
夫婦で始めたんだから、老後も夫婦でどうにかしようという発想がなぜないんだろうと思うんですよ。当然なんですけど、どっか両親とも子供に頼ってる。
自分が夫婦になったら、私は老後も夫婦で考えるようにしたいなって思う」

出典:結婚相談所 選び方
020

プロポーズのタイミング

わが盃はあふるるばかりなり
少なくとも、この話は、男性がプロポーズするには、沈黙の時間がまず前もって必要だということをはっきり示しています。
今日の新聞に出ていたバスの転覆事件をひとクサリ語りあって、「ところで僕はあなたを愛しているのですがl」などと、どこの国の男が愛する女性に向って、
まるで第二の話題かなにかのようにプロポーズするでしょうか。もし、あなたが愛を告白してほしいと思う男性と向いあい、
彼をしてプロポーズさせたいと思うのであったら、愛する者同志の間をかならずおとずれる、あの息苦しい、しかし決して不愉快ではない沈黙の時間をつくり出したまえ。
愛の告白は沈黙を破って行われるべきもの。話のつづきとして告白さるべきものではありません。
けれども、なぜ愛の告白のまえにはこの重苦しい沈黙の何分間かが必要なのか。いや、自然にうみだされるのか。

いったい、プロポーズするとは、もはやこれ以上どうにも小さな胸の中に秘めておくことのできなくなった愛情を、
ひと思いに相手にプチまけ、打明けることIいわば「わが盃は溢るるばかりなり」という愛の心を、愛する異性の前にひらき示し、さし出すことです。

■□■□■□コラム「男女雇用機会均等法」■□■□■□
「男女雇用機会均等法」が施行されたとはいえ、企業という社会の中ではまだまだ女性が働きにくい部分もあるのだろう。
けれど、考えようによっては女のほうが自分の人生を自由に認歌できるポジションができつつあるともいえる。
男は、家庭を持って妻や子を養うことで一人前という見方に縛られているが、女は男を養わずとも一人前だし、独身の市民権だって男よりはずっとある。
女は何か自分に合った仕事、夢中になれることを探そうと、いろんな経験を積んだことが評価につながるが、
男の場合、ただのちゃらんぽらんな奴として一括されてしまうことが多い。レールからはずれるには、女より勇気と覚悟がいるのだ。

参考:出会い系 サクラいない
018

告白の拒絶

ところが、やがて、彼女の瞬時も動いてやまぬ活動的な美しい唇を見ているうちに、男は、
「まてよ、あんまり、はやまって、何でもかんでも、今日プロポーズするのはやめにした方がい
いのかも知れない」と、フシと考えてしまったのです。そして女の口許を見ながら、こう考えた
途端、男の心の中から、あんなにまで燃えあがっていた愛の焔がスーツと消えてしまったという
のです。ふたりはにぎやかに郊外を散歩し、そして、それっきり何事もなしに帰ってしまったというお話。
会話の中からその人の性格や望みなどを見つけられれば、


さて彼女の気持はどっちか?
そこで、いったい、この美しく若い女優は、プロポーズしようとする男性に、わざとプロポー
ズさせないために、こうまでしゃべりまくったものなのでしょうか。もしそうだとすれば、自分
は好かないが、相手は自分を愛しているということがよくわかっている男性に対して、こういう
方法をとるのもひとつの賢明な拒絶の仕方かもしれません。自分が好きでもない男性にいったん
愛を告白させておいて、さてこれをことわるよりも、いやしくも告白する機会を与えないことの
方が、いっそう無難でもあり賢明でもあるでしょうから。
けれども、その反対に、もしこの女優がその男を少しでも愛していたとしたら、そして愛する
男とふたりきりで郊外に出ることができたうれしさのあまり、ああまでたてつづけにしゃべりま
くったものとしたら、彼女はついに自分の愛する男性に愛の告白の機会をあたえ得なかった愚か
な女性といわねばなりますまい。

出典:
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プロポーズのしかた・うけ方

なぜ、愛の告白のまえには、この重苦しい沈黙の何分間かが必要なのか?
いや、自然に生みだされるのか?

ついに愛を告白しなかった話。

こんな話があるのです。
ある男が、ある女優に心の底から恋をしました。今日はいい出そうか、明日こそプロポーズしようと、
その機会をねらっているうちに、ある日のこと、とうとう彼は彼女を半日郊外にさそい出すことに成功しました。
ふたりは、町はずれで自動車を降り、静かな田園や森林の中を歩きました。ところが、さいしょふたりきりで自動車にのってドライブをやりだしてから、
この美しい女優はまるで何かにつかれでもしたかのように、ウキウキと、世間のこと、劇場のこと、演劇のこと、等々をつぎからつぎと、のべつ幕なしにしゃべりまくったのです。
男は女の話をききながら、これが終って、しばらく話が途切れでもしたら、その時こそ、自分の意中を率直にプチまけて、
プロポーズしようと待ちかまえているのですが、lさて彼女は中々その機会を彼にあたえないのです。
ひとつの話がおわれば、女はまたもや別の話をながながと語りはじめるのです。男はこの貴重なふたりきりの時間がこんなふうにして失われてゆくのにあせりを感じながら、
それでも「もう少し、もう少し」と女のくちもとをながめていました。

出典:出会いがない 社会人

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